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西条市立西条小学校の紹介

擇善堂


西条小学校は平成21年に創立140年を迎えた、愛媛県内でも古い歴史と伝統を持つ小学校です。

西条市立西条小学校は前身の西条藩の藩校「擇善堂」から続く長い歴史を持っています。

擇善堂は1805年(文化2年)に開設された西条藩の藩校です。


西条藩八代藩主・松平頼啓の命により解説されました。

開設当時の所在地は現在とは異なり今の堀端、四軒町郵便局あたりにあったとされています。


擇善堂の講師には伊予小松藩の朱子学者「近藤篤山」の弟、三品容斎を登用した。

その後1870年(明治3年)の小中学校規則が頌布されるまで伊予西条藩の教育の場として続くのです。


明治〜大正時代の西条小学校


1873年(明治6年) - 擇善堂と西條県小学校を併せて、四大区第一小学校が設立される。
1874年(明治7年) - 擇善堂小学校に改称
1887年(明治20年) - 明屋敷小学校に改称
1892年(明治25年) - 西條尋常小学校に改称


↑明治41年頃の西条尋常小学校時代の運動会の様子。


昭和〜現在の西条小学校


管理人の入学した昭和61年当時の児童数は555人でした。
それ以前、最も児童数が多かった頃は1,400〜1,500人位いたと先生から聞いたことがあります。

私が入学した当初は、現在の本校舎の他に二階建て木造校舎と、西条市で初めて建った二階建ての鉄筋校舎がありました。
入学した頃には児童数もさほど多くなかったため木造・鉄筋校舎の2階は使用していませんでした。

そして、4年生になる頃に下記写真の新校舎が完成しました。

しかしこの新校舎、1〜3年生が使用する校舎となったため私はこの校舎で授業を受けることはありませんでした。


↑昭和10年 西条尋常小学校でのラジオ体操風景。
 このころはまだ今の四軒町郵便局付近にありました。
 後ろの森は、西条中学校(現西条高校)です。


西条小学校の公式HPによると、今では更に新しい校舎が建てられたみたいです。

これからも愛媛の伝統校として受け継がれて欲しいものです。

「西条小学校校歌」
  作詞  不   詳
  作曲  藤原 武

1 朝な 夕なに 仰ぎみる
  高く 雄々しき 石鎚の
  清く たたえて 静かなる
  ひうちの 海の こみどりに
  強く 正しく 美しく
  我らは 伸びゆく 栄ゆく

2 見よや われらの 学舎は
  たくぜん堂の 昔より
  正しき 道に いそしみて
  清く 生きよと そそりたつ
  強く 正しく 美しく
  我らは 伸びゆく 栄ゆく

校訓は「強く、正しく、美しく

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